引っ越し屋の妄想観察録・第七話 YouTuberの引っ越し

オリジナル小説集

― 再生数は、引っ越し前に置いていく ―

朝九時。
今日の現場は、駅から少し離れた古めのアパートだった。

外壁は色褪せ、共用廊下には自転車が無造作に並んでいる。
築年数は、たぶん二十年以上。

「……ここっすか?」

田口が、メモと建物を見比べる。

「ああ。ここだ」

相馬はトラックを停め、エンジンを切った。

今日の依頼は単身。
ワンルームからの引っ越しで、搬出のみ。
引っ越し先は――高層マンション。

この時点で、少しだけ匂うものがあった。

階段を上がり、二階の角部屋。
インターホンを押すと、間を置かずにドアが開いた。

「おはようございます!」

明るい声。
二十代後半くらいの男性。
パーカーにスウェット、足元はサンダル。

一見すると、どこにでもいそうな若者だ。

――が。

田口が一瞬、動きを止めた。

「……あれ?」

「どうした」

「いや……この人……」

男性は気づいた様子もなく、にこやかに頭を下げる。

「今日はよろしくお願いします!」

部屋に入った瞬間、空気が変わった。

ワンルーム、六畳ほど。
だが生活感より先に目に飛び込んでくるものがある。

照明スタンド。
三脚。
マイク。
ケーブルの束。

デスクの上にはノートパソコンと外付けモニター。
壁際にはカメラが二台。

「……多いっすね」

田口が小声で言う。

「仕事道具だな」

相馬は淡々と返した。

棚にはフィギュアやゲーム機。
一見、趣味全開の部屋。

だが配置が妙に整っている。
コードはまとめられ、床に物は落ちていない。

壁には付箋がびっしり貼られていた。

「これも全部、運びます」

男性が指差す。

段ボールにはマジックで書かれている。

【撮影機材】
【編集用】
【動画ストック】

「……動画?」

田口が思わず聞いた。

「あ、はい。YouTubeやってて」

軽い口調。説明というより報告に近い。

田口はもう一度、男性の顔を見る。
派手ではないが、どこか見覚えがある。

「……あの」

少し距離を詰める。

「もしかして……動画、出てます?」

男性は一瞬だけ間を置いて、苦笑した。

「あー……たまに、ですね」

その言い方が、妙に慣れていた。

クローゼットの中は服でいっぱいだった。
だが高そうなものは少なく、動きやすそうな服ばかり。

「衣装ですか?」

「いや、普段着です。撮影でも使うんで」

ベッド横にはエナジードリンクの空き缶。
まとめて袋に入れられている。

机の引き出しからは、ノートが何冊も出てきた。
動画構成らしきメモ。

相馬は何も言わず、それらを段ボールに収める。

作業は順調に進んだ。
荷物は多いが、無駄がない。

最後に残ったのは、デスクと機材一式。

「それ、最後でお願いします」

男性は部屋を見回した。

「ここ、最初に一人で始めた場所なんで」

少しだけ声のトーンが下がる。

「次は……いいところなんですか」

相馬が聞くと、男性は笑った。

「ええ。高いところです」

それ以上は語らない。

搬出が終わり、トラックに積み込む。

「じゃあ、新居でお待ちください」

「はい! 気をつけて!」

ドアが閉まる。

トラックに戻ると、田口が言った。

「……やっぱり見たことあります」

「ほう」

「おすすめに流れてきた人だと思うんすよ」

相馬はエンジンをかける。

「なるほどな」

ワンルームから、高層マンション。
楽しそうで、楽して稼いでいる。

――そんなイメージが浮かぶ。

だが、それを口にするのはまだ早い。
妄想は、トラックが走り出してからだ。


トラックが走り出して三分。

「……絶対YouTuberっすよね」

「まあ、ほぼ確定だな」

「しかも今、波に乗ってるタイプ」

「ワンルームから高層マンションだしな」

「夢ありますよねぇ。好きなことして、動画撮って、金入ってくるやつ」

「楽そうだよな」

「編集とか言っても、切って貼るだけでしょ?」

「テンプレ使って、BGM乗せて」

「昼まで寝て、夜はゲーム」

「撮影は週に二日」

「残りは自由時間」

二人は同時に、ため息をついた。

「コメント欄見てニヤニヤしてそう」

「アンチは即ブロック」

「『気にしない』って言いながら、めっちゃ気にする」

「再生数落ちたら情緒不安定」

「数字に人生握られてる」

高速に乗り、街が遠ざかる。

「でも、さっきの部屋……」

「ん?」

「楽してる人の部屋じゃなかったっすよね」

「ああ」

「付箋、異常な数でした」

「動画構成、企画、反省点」

「しかも全部手書き」

「エナジードリンクの量もな」

「徹夜常習犯っす」

少し間が空く。

「あの人、編集一人だな」

「外注してない」

「金より時間かけてる」

「……楽じゃないっすね」

「全然」

高層マンションが見えてきた。

「すげぇ……」

部屋は高層階。
窓から街が小さく見える。

だが中は意外と質素だった。

家具は最小限。
最初に配置されたのは撮影機材。

「そこ、電源多いんで助かります」

「机は窓際で」

迷いのない指示。

新しい家具より先に、機材の居場所を決めている。

最後に男性が、自分で段ボールを一つ開けた。
中から出てきたのはノート。

表紙には年号。

「それは……?」

「最初の一年分です」

「全然伸びなかった頃の」

沈黙。

作業終了。

「ありがとうございました」

深く頭を下げる。

「ここまで来るのに時間かかりました」

「でも、まだ途中なんで」

その目は、浮かれていなかった。

トラックに戻る。

「……偏見、ひどかったっすね」

「ああ」

「楽して稼いでるとか」

「実際は、誰より働いてた」

「数字に追われて、寝不足で」

「それでも、やめない」

「……すげぇな」

「好きなことを仕事にしてる人間ほど、楽じゃない」

エンジンをかける。

「YouTuber、ちょっと尊敬しました」

「俺もだ」

高層マンションがバックミラーから消える。

人生は段ボールに詰まっている。
だが本当に重いのは、目に見えない努力だ。

再生数の裏側には、
今日も誰かの徹夜が積み重なっている。

※これは相馬と田口の妄想であり、
 すべてのYouTuberに当てはまるわけではありません。

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