引っ越し屋の妄想観察録・第一話 段ボール三箱で、だいたいわかる

オリジナル小説集

引っ越し屋を十年以上やっていると、
人の人生がだいたい段ボールに詰まって見えるようになる。

正確じゃない。
当たる保証もない。
統計でも、占いでもない。

ただの経験と、偏見と、
あと少しの――暇つぶしだ。

俺は相馬。
横浜から川崎あたりを担当する、みなと引越センターの作業員。
単身もファミリーもやるが、正直に言えば、
一番おもしろいのは単身引っ越しだ。

荷物が少ない分、
生活のクセが隠しきれない。

今日の現場は、築浅の1K。
駅から徒歩七分。
オートロック付き。
エレベーターあり。

部屋に入った瞬間、空気が軽い。

家具は最低限。
白いローテーブル、テレビ、小さめのソファ。
カーテンは既製品。
壁に穴はない。

「……きれいっすね」

後ろで、今日から本配属になった新人が声を出す。
田口陸。
二十代前半。
体力はある。
頭は――まあ、素直だ。

「生活感、少なめだな」
俺は靴を揃えながら言った。

床に物は置いていない。
コード類もまとめられている。
几帳面、というより、
“散らかる前に処理する”タイプ。

キッチンは使われているが、凝ってはいない。
最低限回している感じ。
冷蔵庫は一人暮らし用の中サイズ。

「田口、冷蔵庫は最後な」
「了解っす!」

三秒後、田口は冷蔵庫に手をかけていた。

……まあいい。
新人なんてそんなもんだ。

作業は淡々と進む。

服の入った段ボールは三箱。
本は一箱。
雑貨が一箱。
あとは家具と家電。

数は少ない。
捨てるものも、迷うものも、ほとんどない。

「思ったより早く終わりますね」
田口が汗を拭きながら言う。

「こういう部屋はな、判断が早い」
「判断、っすか」
「要るか要らないかを、日常的に考えてる人だ」

田口はよくわかっていない顔で頷いた。

積み込みを終え、トラックが走り出す。

バックミラー越しに、
さっきまでの部屋が遠ざかっていく。

俺は荷台に目をやった。

「なあ田口」
「はい」
「聞け。今からは全部、俺たちの妄想だ」
「妄想っすか」
「そう。正解じゃない。だから楽しい」

田口は少し身構えた。

俺はまず、服の段ボールを指差す。

「この人、服は全部無難だ」
「え、見たんすか?」
「重さでわかる。変な素材がない」
「……すごいっすね」

「仕事着はきっちり。
でも私服は“考えなくていい服”しかない」
「朝、選びたくないタイプっすね」
「そうそう。で、『服とか興味ないから』って言う」

田口がニヤッとする。

「でも実際は、ダサいって思われるのは嫌なんすよ」
「お、いいね。そこ来たか」

俺は次に、ローテーブルを見る。

「床に座る生活だ」
「ソファあるのに?」
「あれは背もたれ用。基本は床」
「夜はラーメンと動画っすね」
「完璧だ」

二人で勝手に頷く。

「友達呼ぶときも、
『散らかってるけど』って前置きするけど、
実際はそんなに散らかってない」
「それ言う人、だいたいきれいっすよね」
「そう。予防線張りタイプ」

冷蔵庫を見る。

「料理はする」
「でも凝らない」
「一時期ハマった健康メニューが、そのまま残ってる」
「鶏むねとかっすか」
「そう。で、三週間でやめる」

田口が吹き出す。

「SNSには一回だけ載せますよね」
「載せる。
『最近自炊してる』って言う」
「でも次の投稿は外食」
「最高だな」

最後に、段ボール三箱。

「少ないっすね」
「必要なものだけだ」
「割り切ってる」
「でも、全部は持ってきてない」

田口が少し考える。

「……忘れてきた、じゃなくて?」
「置いてきた」
「なるほど」

トラックは信号で止まる。

「こういう人な」
俺は独り言みたいに言った。
「忙しいけど、壊れてはいない」
「一人で回せる生活」
「でも、誰かと共有するほどじゃない」

田口は少し黙ってから言う。

「相馬さん」
「ん?」
「全部、勝手に言ってますよね」
「当たり前だ。妄想だからな」

二人で笑った。

引っ越し先は、前より少しだけ駅に近い部屋だった。

作業を終え、
俺たちはいつも通り、深くは踏み込まない。

荷物を置き、
挨拶をして、
ドアが閉まる。

人生の続きは、
俺たちの仕事じゃない。

段ボールには、
人生の全部は入らない。

でも、
少しだけなら、確実に詰まっている。

それを勝手に覗いて、
勝手に妄想して、
勝手に盛り上がる。

この仕事の、
一番楽しい時間だ。

※この物語は、
引っ越し屋・相馬と田口による妄想で構成されています。
登場する人物像・生活・性格の描写は、
実在の人物とは一切関係ありません。
また、必ずしもこの妄想の限りではありません。

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