引っ越し屋の妄想観察録・第八話 結婚相談所のカリスマ仲人の引っ越し

オリジナル小説集

横浜の高層マンション。

今日の依頼主は、結婚相談所のカリスマ仲人。

オートロックを抜けると、廊下にはほのかにアロマの香り。

田口:「なんかもう、いい匂いっすね」

相馬:「空間づくりからプロだな」

部屋のドアが開く。

「今日はよろしくお願いします」

落ち着いた声の女性。
派手さはないが、清潔感と品のある雰囲気。

室内は意外にもシンプルだった。

白を基調にしたリビング。
観葉植物がいくつか。
大きすぎないソファ。
テレビは壁掛け。

余計な装飾はほとんどない。

田口(小声):「思ったより普通っすね」

相馬:「もっと金ピカ想像してたか?」

壁際には本棚。

びっしり並んだファイルと書籍。

『コミュニケーション心理学』
『男女の価値観』
『第一印象の科学』

付箋が大量に貼られている。

田口:「めちゃくちゃ勉強してますね」

相馬:「仕事ガチ勢だな」

デスクの上にはノートパソコンと分厚い手帳。

スケジュール帳は、ほぼ毎日びっしり。

田口:「休み、なくないっすか?」

相馬:「ほぼ埋まってるな」

クローゼットからは、丁寧にクリーニングされたスーツが何着も出てくる。

色味は落ち着いたネイビーやベージュ。

ヒールもきちんと揃えてある。

生活感はあるが、だらしなさは一切ない。

キッチンにはグラスが2つずつ揃っている。

食器もシンプル。

高級すぎず、安すぎず。

田口:「ちゃんとしてますね」

寝室は思ったよりも質素。

ベッド、サイドテーブル、スタンドライト。

壁に飾られた写真は、成婚カップルらしき笑顔の男女。

その横に小さく「おめでとう」のメッセージ。

田口:「これ、会員さんですかね」

相馬:「だろうな」

女性がそっと写真を段ボールにしまう。

その手つきは、少しだけ丁寧だった。

搬出は静かに進み、
段ボールがトラックへ積み込まれていく。

最後に女性が部屋を振り返る。

「長くお世話になりました」

小さく頭を下げる姿は、どこか柔らかい。

 

トラックが走り出す。

次の住まいは少し離れたエリアの高層マンション。

荷台の振動の中、田口がぽつり。

田口:「しかし、カリスマ仲人かぁ」

相馬:「な」

田口:「どんな人なんすかね、ほんとのところ」

相馬:「さあな」

信号待ち。

車内に少しだけ沈黙が流れる。

そして――

田口:「……でも、あの仕事って、ちょっと気になりません?」

相馬が小さく笑う。

田口:「結婚相談所のカリスマっすよ?」

相馬:「成婚率90%らしいな」

田口:「絶対ちょっと盛ってますよね」

相馬:「四捨五入の鬼かもしれん」

田口:「でもああいう人って、自分はどうなんすかね」

相馬:「どうって?」

田口:「いやぁ、自分の結婚」

相馬:「あー」

田口:「“人の恋はわかるけど自分のは迷子”タイプ」

相馬:「恋愛理論は完璧、実践はゼロ」

田口:「元カレの傾向をExcelで管理」

相馬:「やってそうで怖いな。男性の傾向をデータ化しておけば、仕事にも活かせるし」

信号待ち。

田口の妄想は止まらない。

田口:「絶対、会員さんにあだ名つけてますよ」

相馬:「どんな」

田口:「“理想高杉くん”」

相馬:「いるな」

田口:「“年収一点突破子ちゃん”」

相馬:「具体的だな」

田口:「“一回目のデートで将来語りがち男”」

相馬:「いるいる」

二人は笑う。

田口:「でもあの仕事、ずっと恋愛相談っすよね」

相馬:「朝から晩まで」

田口:「“既読スルーされたんです!”」

相馬:「“返信は3時間後がベストです”」

田口:「もう恋愛AIじゃないっすか」

相馬:「人間ChatGPTだな」

田口:「感情アップデート毎日」

相馬:「バグりそう」

高速に乗る。

田口:「でもさっきの部屋、意外と普通でしたね」

相馬:「ああ」

田口:「もっとキラキラしてるかと」

相馬:「派手さなかったな」

田口:「本棚の付箋、すごかったっす」

相馬:「勉強量が異常」

田口:「あれ全部、人の恋のデータっすよね」

相馬:「たぶんな」

少しだけトーンが落ちる。

田口:「成婚カップルの写真、ありましたよね」

相馬:「あったな」

田口:「あれ全部、自分の成果ってことっすよね」

相馬:「そうだな」

田口:「他人の幸せ、何百個も作ってる」

相馬:「自分の時間削ってな」

新居の高層マンションに到着。

エントランスは静かで、落ち着いた雰囲気。

部屋は以前より少し広い。

だが、家具はほぼ同じ配置。

本棚も、デスクも、観葉植物も。

派手な買い替えはない。

搬入中、女性のスマホが鳴る。

「はい……そうですか。
大丈夫ですよ。
今日落ち込むのは当然です。
でも、まだ可能性はありますから」

声は柔らかい。

だが、迷いがない。

「はい。今夜、改めて作戦立てましょう」

電話を切り、深く息を吐く。

すぐに、また穏やかな顔に戻る。

最後の段ボール。

中から出てきたのは、分厚いファイル。

背表紙に書かれている。

【成婚退会者一覧】

田口が思わず聞く。

田口:「それ、全部……?」

「はい。卒業生です」

軽く笑う。

「みなさん、もう私の出番はないですけど」

その言い方が、どこか誇らしい。

作業終了。

「ありがとうございました」

深く頭を下げる。

その姿は、テレビで見る“カリスマ”というより、

誰かの味方でいる人、だった。

トラックに戻る。

田口:「……なんか」

相馬:「ん?」

田口:「あの人、自分の恋より他人の恋優先してません?」

相馬:「仕事だからな」

田口:「でも、あそこまでやるっすかね」

相馬:「幸せ作る側って、そういうもんかもな」

田口は窓の外を見る。

田口:「俺らも似てますね」

相馬:「何がだ」

田口:「新生活のスタート作る側」

相馬:「まあな」

少しだけ笑う。

高層マンションが遠ざかる。

田口:「でもあの人、自分の結婚どうなんすかね」

相馬:「さあな」

田口:「案外もう決まってたりして」

相馬:「職業柄、失敗できないな」

田口:「プレッシャーえぐい」

相馬:「成婚率、下がるからな」

二人は吹き出す。

人生は、誰かと生きるかどうかの選択。

だが、その選択を支える人もいる。

恋は当事者だけのものじゃない。

裏で静かに、背中を押している人がいる。

トラックは走り続ける。

次の現場へ。

※これは相馬と田口の妄想であり、
すべての仲人に当てはまるわけではありません。

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