横浜の高層マンション。
今日の依頼主は、結婚相談所のカリスマ仲人。
オートロックを抜けると、廊下にはほのかにアロマの香り。
田口:「なんかもう、いい匂いっすね」
相馬:「空間づくりからプロだな」
部屋のドアが開く。
「今日はよろしくお願いします」
落ち着いた声の女性。
派手さはないが、清潔感と品のある雰囲気。
室内は意外にもシンプルだった。
白を基調にしたリビング。
観葉植物がいくつか。
大きすぎないソファ。
テレビは壁掛け。
余計な装飾はほとんどない。
田口(小声):「思ったより普通っすね」
相馬:「もっと金ピカ想像してたか?」
壁際には本棚。
びっしり並んだファイルと書籍。
『コミュニケーション心理学』
『男女の価値観』
『第一印象の科学』
付箋が大量に貼られている。
田口:「めちゃくちゃ勉強してますね」
相馬:「仕事ガチ勢だな」
デスクの上にはノートパソコンと分厚い手帳。
スケジュール帳は、ほぼ毎日びっしり。
田口:「休み、なくないっすか?」
相馬:「ほぼ埋まってるな」
クローゼットからは、丁寧にクリーニングされたスーツが何着も出てくる。
色味は落ち着いたネイビーやベージュ。
ヒールもきちんと揃えてある。
生活感はあるが、だらしなさは一切ない。
キッチンにはグラスが2つずつ揃っている。
食器もシンプル。
高級すぎず、安すぎず。
田口:「ちゃんとしてますね」
寝室は思ったよりも質素。
ベッド、サイドテーブル、スタンドライト。
壁に飾られた写真は、成婚カップルらしき笑顔の男女。
その横に小さく「おめでとう」のメッセージ。
田口:「これ、会員さんですかね」
相馬:「だろうな」
女性がそっと写真を段ボールにしまう。
その手つきは、少しだけ丁寧だった。
搬出は静かに進み、
段ボールがトラックへ積み込まれていく。
最後に女性が部屋を振り返る。
「長くお世話になりました」
小さく頭を下げる姿は、どこか柔らかい。
トラックが走り出す。
次の住まいは少し離れたエリアの高層マンション。
荷台の振動の中、田口がぽつり。
田口:「しかし、カリスマ仲人かぁ」
相馬:「な」
田口:「どんな人なんすかね、ほんとのところ」
相馬:「さあな」
信号待ち。
車内に少しだけ沈黙が流れる。
そして――
田口:「……でも、あの仕事って、ちょっと気になりません?」
相馬が小さく笑う。
田口:「結婚相談所のカリスマっすよ?」
相馬:「成婚率90%らしいな」
田口:「絶対ちょっと盛ってますよね」
相馬:「四捨五入の鬼かもしれん」
田口:「でもああいう人って、自分はどうなんすかね」
相馬:「どうって?」
田口:「いやぁ、自分の結婚」
相馬:「あー」
田口:「“人の恋はわかるけど自分のは迷子”タイプ」
相馬:「恋愛理論は完璧、実践はゼロ」
田口:「元カレの傾向をExcelで管理」
相馬:「やってそうで怖いな。男性の傾向をデータ化しておけば、仕事にも活かせるし」
信号待ち。
田口の妄想は止まらない。
田口:「絶対、会員さんにあだ名つけてますよ」
相馬:「どんな」
田口:「“理想高杉くん”」
相馬:「いるな」
田口:「“年収一点突破子ちゃん”」
相馬:「具体的だな」
田口:「“一回目のデートで将来語りがち男”」
相馬:「いるいる」
二人は笑う。
田口:「でもあの仕事、ずっと恋愛相談っすよね」
相馬:「朝から晩まで」
田口:「“既読スルーされたんです!”」
相馬:「“返信は3時間後がベストです”」
田口:「もう恋愛AIじゃないっすか」
相馬:「人間ChatGPTだな」
田口:「感情アップデート毎日」
相馬:「バグりそう」
高速に乗る。
田口:「でもさっきの部屋、意外と普通でしたね」
相馬:「ああ」
田口:「もっとキラキラしてるかと」
相馬:「派手さなかったな」
田口:「本棚の付箋、すごかったっす」
相馬:「勉強量が異常」
田口:「あれ全部、人の恋のデータっすよね」
相馬:「たぶんな」
少しだけトーンが落ちる。
田口:「成婚カップルの写真、ありましたよね」
相馬:「あったな」
田口:「あれ全部、自分の成果ってことっすよね」
相馬:「そうだな」
田口:「他人の幸せ、何百個も作ってる」
相馬:「自分の時間削ってな」
新居の高層マンションに到着。
エントランスは静かで、落ち着いた雰囲気。
部屋は以前より少し広い。
だが、家具はほぼ同じ配置。
本棚も、デスクも、観葉植物も。
派手な買い替えはない。
搬入中、女性のスマホが鳴る。
「はい……そうですか。
大丈夫ですよ。
今日落ち込むのは当然です。
でも、まだ可能性はありますから」
声は柔らかい。
だが、迷いがない。
「はい。今夜、改めて作戦立てましょう」
電話を切り、深く息を吐く。
すぐに、また穏やかな顔に戻る。
最後の段ボール。
中から出てきたのは、分厚いファイル。
背表紙に書かれている。
【成婚退会者一覧】
田口が思わず聞く。
田口:「それ、全部……?」
「はい。卒業生です」
軽く笑う。
「みなさん、もう私の出番はないですけど」
その言い方が、どこか誇らしい。
作業終了。
「ありがとうございました」
深く頭を下げる。
その姿は、テレビで見る“カリスマ”というより、
誰かの味方でいる人、だった。
トラックに戻る。
田口:「……なんか」
相馬:「ん?」
田口:「あの人、自分の恋より他人の恋優先してません?」
相馬:「仕事だからな」
田口:「でも、あそこまでやるっすかね」
相馬:「幸せ作る側って、そういうもんかもな」
田口は窓の外を見る。
田口:「俺らも似てますね」
相馬:「何がだ」
田口:「新生活のスタート作る側」
相馬:「まあな」
少しだけ笑う。
高層マンションが遠ざかる。
田口:「でもあの人、自分の結婚どうなんすかね」
相馬:「さあな」
田口:「案外もう決まってたりして」
相馬:「職業柄、失敗できないな」
田口:「プレッシャーえぐい」
相馬:「成婚率、下がるからな」
二人は吹き出す。
人生は、誰かと生きるかどうかの選択。
だが、その選択を支える人もいる。
恋は当事者だけのものじゃない。
裏で静かに、背中を押している人がいる。
トラックは走り続ける。
次の現場へ。
※これは相馬と田口の妄想であり、
すべての仲人に当てはまるわけではありません。

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